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週間 東京エッセイ

今は迷える日本である。筆者は日本、世界中を歩き、日本を見つめ直そうと筆をとった。

筆者

Tokyo Essay 佐治 渉

Vol.23
個人情報保護法、じわりと効いてきた

作家、故高見 順の「昭和文学盛衰史」(角川文庫)を読んでいたら、74頁に、

「――しかし、あの歴史的悪法の治安維持法は、この大正14年の4月に実施されたのである。実施された当座は、大したことはないと感じた。だが、だんだんと威力を発揮し出した」とある。左翼作家たちは、何も書けなくなり、漫画の原作者や実業家に転向した。

関東大震災直後の治安維持法だから、国民はその必要を感じ、納得した。政府や社会を批判した作品は大正文学の華だったが、やがて地下に潜ったり、転向したりする。昭和に入ると殆ど影もなくなる。

作家たちは、政府を批判する自由が拘束され、軍に対して物を言うこともできなくなった。やがて経済恐慌となり、国民は疲弊し、ムードは閉塞した。そんな状況下で、満州事変となり、ようやく明るさを取り戻した。

しかし、治安維持法は永遠に生き続け、愚痴も言えないほど、特高が国民をマークし、監視して行った。本来は軍を取締る憲兵までが国民を拘束して、取り調べた。

時代は平成に変わり、今度は政治家のプライバシー保護を含めた個人情報保護法が小泉政権下で施行されたが、今思うに、大正14年の治安維持法の効果同様に、私たち物書きには、じわりと効いてきた。私の体験では、「この人に会いたい、話を聞きたい」と思っても、連絡取れなくなったり、拒否される。

早い手段としては電話がある。ところが、個人名の電話帳は発行されても公開されなくなった。私が鹿児島のKさんの遺族を訪ねたくても、電話帳がないため問い合わせができない。ダイヤル105で問い合わせても、個人情報保護のため応じられないという。こちらには住所も分からないので連絡が取れない。知人に頼んで10年前の電話帳から、Kさんの名前を見つけて、やっと住所と電話番号が分かった。そこで、手紙を書いて問い合わせることにしたが、引越しされて、住所も電話もなく、連絡が取れなくなった。

長野県の元市長に連絡するにも、105に問い合わせても個人情報保護法を盾にノーアンサーである。そこで市役所の広報課に問い合わせる。すると、「教えられない」という。再度広報課に問い合わせると「市役所に手紙を出してもらう。そのあと市役所から本人に問い合わせ、そちらに連絡させる」という取次ぎ方法を教わる。それで、その方法をとったところ、1ヵ月後に、ようやく本人から電話をいただいた。まるで江戸時代の飛脚並みのスピードである。なんていうことはない。本人は喜んで、私の申し込みに応じてくれて、会うことになった。

「あっ、個人情報保護法とやら、じわりと効いてきたな。ボデーブローを喰らったような感じだ。伝記作家もノンフィクション作家も、これじゃ作品に取り組めなく、職業を変えんといかんな」それが私の実感だ。この法律は政治家の勝ちだと思うだろうが、孤独死者の発見遅れも、この個人情報保護法に起因している。今一度考え直す必要を感じる。


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