ゴルフに愛された男たち100人/全英オープンミレニアムタペストリー

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ゴルフに愛された男たち100人


戦後の日本をリードした政・財界・文化人を、ゴルフを通じて知りました。皆さんに共通している点は「ゴルフ道」に徹し、哲学を持っていたことです。

登場人物の例(順不同、敬称略)は…本田宗一郎、井深 大、岸 信介、田中角栄、丹羽文雄、中山素平、鳩山一郎、吉田秀雄、吉川英治、大仏次郎、今道潤三、細川隆元、田村魚菜、城山三郎、白洲次郎、……大宅政子(女性)などなど100人。

知られざる素顔を、ゴルフを通してお知らせいたします。なおこの原稿は「週刊ダイヤモンド」に1年間連載されたものに、新たに47人を追加します。貴重な人物像です。

【サンプル】
Vol.01 本田宗一郎(本田技研元社長)
空気抵抗が少ないクラブがヘッドスピードが出ると本田理論を実践

本田宗一郎・本田技研工業(ホンダ)元社長と最後に会ったのは1975年、銀座においてである。松屋の裏にあった4階建てのビルは本田さん個人の持ちもので、ここがホンダバイクの組立工場であった。そのビルの一室がホンダの最高顧問を務めると同時にパールカントリークラブ(米国・ハワイ州オアフ島)のオーナーの部屋でもあった。

筆者が本田さんを訪ねると、おもむろに自ら描いた水彩画を指さし、「キミ、この絵を見ておかしいと思わないか」と笑い、こちらの眼力を探ってきた。「いい絵だと思います。植物の葉が生き生きと描かれており、生命力を感じます」と感想を述べると、「これは失敗作なんだ。だから、ここに飾っている。植物には必ず葉っぱの裏返ったものが1〜2枚あるはずだが、この絵には1枚もない。人間と同じなんだよ。ガハハハ」と笑った。

ゴルフの話を聞きに行ったのだが、水彩画の話に終始したことが今は懐かしい。

72年に軽井沢で一緒にゴルフをしたときのこと。本田さんはストライプの長袖シャツを身にまとい、キャディバッグには4号ほどの大きさのスケッチブックを携帯していた。変わった植物を目にすると、すぐに鉛筆でスケッチした。

クラブハウスでスケッチの話をすると、「これは一種の病気だね。前の組がつかえていると腹が立つから、スケッチして気持ちを抑えるんだ。前の組のホールアウトに気づかないほど熱中しては、キャディから注意されたこともあったよ」。

ゴルフクラブについては研究熱心で、新しい商品が発売されるとすぐに購入して試していた。当時、ドライバーはパーシモンが全盛期だったため、ソールを削ったり、鉛のウェートをバックソールに貼ったり、自分仕様にアレンジしていた。

「ボクがオシャカにしたクラブは400本を越えるかな。気に入るまで改造をやめないから、メーカーも泣いているだろうな」と言う。トゥの部分を切り落としたクラブを見せてもらったが、フェースが小さく、明らかにルール違反と思われた。

そのことを筆者が指摘すると、「ルールは変えるためにある。クラブヘッドが大き過ぎると、空気抵抗でヘッドスピードが落ち、飛距離が出なくなる。だからトゥを3センチ切り落としたんだ。空気抵抗が少なければ、ヘッドスピードも上がる。うちのバイクと同じだよ」と笑った。

本田さんはスコアは記入せず、常に頭で記憶していた。

それから10年ほどの歳月を経て、ある雑誌で晩年の本田さんがゴルフをしている姿を見た。手にしていたのは、小さなスチールヘッドのドライバーだった。当時ヘッドスピードが上がるといわれていたクラブで、「空気抵抗の少ないモノ」を追い求める本田さんの姿に感慨を覚えたものである。(敬称略)

『ゴルフに愛された男たち100人』はインターネットマガジン「Golf TC」内、連載コーナーでご覧いただけます。購読会員登録をお済ませの上、ご覧くださいませ。


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